「ねぇ、君はさ生まれてきてよかったって思う?」
そんなことを聞かれても分からない。
ただ漠然とした生きづらさを抱えて生きてきた。生きてきた途中で、どうやらこの荷物は全員が持っているわけではないということを知った。
目の前のユキは、目を細めて僕に問いかけた。僕の返事を待たずに「私は生まれてきてよかったなんて思ったことはないよ。でも死ぬのも怖いから。生きることも死ぬこともできずにいるよ」と言った。
「僕がもっと魅力的で君の手を引っ張っていける人間だったら、ユキは生きたいと思えたのかな?」
「君が返事をできなかったのと同じだよ」
ユキは小さく笑った。
「私たち、目の前の人間一人すら救えないんだよ」
木漏れ日が揺れた。光の粒が反射した。
「死にたくないからご飯を食べて、生きたくないから布団で寝て、現実を見たくないから作り物に逃げて、歳だけ重ねて、ニュースで自分より年下の人たちが活躍する姿を眺めて死んでいく。
私だって、生きているうちに誰かの役にたってみたかった。ありがとうって言われたかった。君がいてよかったって言われたかった。誰かの一番になりたかった」
君は僕の一番だよ。そうユキに伝えたかった。でも伝えられない。自分と同じ人生を歩ませたくなかった。大切だったから。
「⋯この前うっかりうたた寝をした。怖い夢を見た。君のメッセージの着信音で目が覚めた。どんな内容だったかは忘れたけど、安心できたことは覚えてる」
「それいつの話?」
「それも忘れた」
「じゃあ君が死んじゃったらその記憶もなかったことになっちゃうよ?」
「いいんだ。でも君の中で、自分が生きていただけで、自分が知らないところで、誰かを安心させることができた
ってことはずっと残るでしょう?」
「知らないけどね」
「だからいいんだよ。だから君はずっと、誰かを救っている。これは君が知ることができない君の優しさ。シュレディンガーの猫みたく、死ぬまで分からないままでいいんだ」
「まるで呪いみたい」
「そうだよ。君が自分の生きている意味に迷ったときにだけ、君を守るために出てきてくれる呪い」
ユキは僕の手を握った。
「この呪いは、手を握ると相手にも同じ呪いをかけることができるんだって知ってた?」
「それは知らなかったな」
しばらくしてもユキは手を離さなかった。
「ユキ?」
「呪いがかかるまでもう少し時間がかかるみたい」
「じゃあ、待ってるあいだにこのまま散歩でもしようか」
木漏れ日が揺れた。光の粒が反射した。
生きづらさを抱えて生きてきたから、君に出会えた。